最近は暑くもなく寒くもなく、涼しい天候が続き快適に過ごしています。
おかげで目覚める時間が早くなり、規則正しい生活を送れています。
明日は3週間ぶりのうつ病の通院になりますが、今の状態なら入院しなくても大丈夫そうです。
前回までの話
今まで事務職しか経験がなかった私が、上司の嫌がらせとも思える指示で生産ラインという工場現場に応援という形で異動させられました。
異動先の現場では生産ラインの一工程に配属され作業することになりました。 www.ashinichi.com
50代おやじラインに立つ
配属してから最初の3日間は、私が担当する工程に指導員の方がついて一緒に作業したので何とかラインのスピードについていくことができました。
最初のころは指導員の方がメインで作業して、その作業を私が見て覚える。
私が作業をやり方を覚えてきたら、私がメインで作業をして分からないことがあったり作業に遅れが出たら指導員の方がフォローする。
こんな感じで作業をしていました。
そのおかげで配属されるまでは果たして工場勤務が務まるのか不安でしたが、何とかやって行けそうだと思えるようになりました。
そして配属四日後、ついに私はライン工程を一人で担当することになりました。
大丈夫だ俺にもできる。
みんな作業しているじゃないか。
だけどそれは甘い考えでした。
今までは指導員の方が側にいたので精神的に楽に仕事ができていました。
しかしいざ自分一人で工程を担当することになると、そのプレッシャー半端ないでした。
1秒でも自分の作業が遅れると前の工程の動きが詰まりだし、後の工程では部品が届くのが遅れるので作業スピードも遅くなります。
やばい、作業が遅れてラインで作業している人たちに迷惑をかけてしまう。
もう頭の中はパニックです。
作業中に遅れなどのトラブルが起きれば生産ラインの班長を呼んで助けけてもらうことは出来ます。
でもそれができません。自分の作業遅れで班長を呼ぶのが恥ずかしくて気後れしてしまうのです。
ではどうするのか?
作業遅れを解決するために選んだ手段。
それは走ることです。
工場では安全作業のために移動するときは徒歩であることが前提になっています。
なので作業標準では歩くところを走ればその分だけ時間を稼ぐことができるのです。
だから私は走ることにしました。
走ることは決められた作業標準から外れる行為なのでしてはいけないのですが、周りの人や班長からは指摘や注意はされませんでした。
おそらく見て見ぬふりをしていたのでしょう。
作業遅れで生産ラインが停止するよりも、作業標準から外れてでも生産ラインを動かすことを優先したのでしょう。
生産がストップすると生産計画は狂うし、生産できなかった分だけ損害が出ます。
それを考えると安全より作業が大事と考えるようになり、作業者も管理する側も作業標準から目をそらしてしまいます。
本来なら作業者の私は走る行為はしない、班長に作業が遅れることがあることを正直に報告しなければいけませんでした。
そして班長は走るという行為を止めさせる、私の作業遅れをどうすれば改善できるのか対策しなければいけませんでした。
安全第一を守らないとどうなるのか、あとで私は自分の身をもって知ることになるのでした。